自分が描いたアクリル画や、絵本や紙芝居のために描いた絵などの他に、
ミャンマー人画家の作品の紹介。それから、ミャンマーから離れて、自分が見た世界の名画や彫刻や工芸品の一品なども、紹介してゆきたいと思います。
まず初めの絵は、2016年旅友の渡辺さんと「2人展」のために描いた
「MY ILLUSION OF PYU 」の中の作品です。
ピュー族のパンドラ女王です。若い頃の女王を描いたつもりです。背景のコインは、ピューの銀貨と金貨です。歌舞音曲(白楽天が絶賛したピューダンス)とピューコイン(主に銀貨)と五色に染められた綿布で有名なピュー族ですが、ミャンマーの中央地帯のピュー遺跡、そのうちの3つの遺跡が、2014年ミャンマーで初めて世界遺産に指定されました。それに刺激されてピューの絵を描き始めた訳ではありません。私とピューの出会いは、それよりずいぶん前でした。1995年の冬2回目のニューヨークに行った時、現地にいる日本人の友人がコインの蒐集家で、彼についてアンティークショップに行った時に、店主が取り出したのがピュー銀貨でした。「先週ベトナム人が持ち込んだもので、オケオという古代都市から出土した、ミャンマーの古代民族ピュー族の銀貨」という説明でした。その後、タイの国立博物館などにもピューの銀貨の展示を見つけたり、バンコクを流れるメナムチャオプラヤー河畔からも沢山ピューコインが出土するそうです。ミャンマーのピュー族が、綿布を東南アジア一帯に売っていて非常に栄えていた事など、いろんな書物から知識を得ることが出来ました。
2番目の絵もやはりパンドラ女王です。中年に差し掛かった女王を描いたつもりです。
上の花はエンジェルトランペット。ミャンマー名は、ခေါင်းလောင်းပန်း(カウランパン)鐘の花と呼ばれています。私は田中一村の絵で知ったんですが、ミャンマーでも福岡でもよく見かけますね。
ピュー族は河川や海路陸路でインド、スリランカ、タイやベトナム、中国と交易していたので、珍しいものが献上される事もあったと思います。工芸品の中に豹をデザインした物も沢山出土しています。
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